「手紙を書く人」

(六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2016 「思い出せることのすべて」にて配布 2016)

​61〜120

61

いまはもういない人と話をしてみる、

それをまた、

いまはまだいない人に話してみる。

 

 

62

他人の肌の産毛に触れて、お互いに他人の持つ抵抗感を確かめるような、そんな風に絵を見ることができたら、

 

 

 

 

 

 

63

人が変わっていくことを、人は止めることはできない。

 

 

あなたが忘れることを、私は止めることはできない。

 

 

 

64

夢の中で、

空っぽになったベッド、そこに残る染み、

目の届かないところにしまいこまれた掃除用具、

汚れた浴槽、

名前を呼ばれないその人、

何かが起きて、それが続き、誰かが闘い、そこに居合わせた人が見送り、そのすべてが終わってしまったあと、

 

に突然出会ってしまって私は、

ただその浴槽の汚れを、ひたすら磨くことしかできなかった。

 

その人は20年程一緒に住んだ人だった。

父だと思った。

 

 

 

 

 

 

65

生まれてきた赤ん坊も、代謝が活発な少年も、

死んでしまったおばあさんも、

 

浴槽は皆を洗ってくれる。

人は浴槽で生まれ、育ち、死んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

66

次の世界でもまた、お風呂に入れるといいなと思う。

 

 

 

 

 

67

昼間は泥の色をしていた水田は、夜は滑るようになめらかで美しく、冷たく、静かに空の雲を映していた。

こんな景色はいろいろなところにあって、遠く離れた異国の山の上でも、水は同じように物も言わずに空を反映するのだろう。

 

 

 

 

 

 

68

一昨日の夜はあんなにおそろしい夢を見て息ができないほどだったのに、昨日は初めて会う人と話をして彼女の故郷やこれからのことを考えていたら、おそろしい夢は、すっかりどこかへ行ってしまった。

 

きっと一度考えたおそろしい想像は私の中に蓄えられていて、どういう意味があるのかはわからないが夢はときどきそれを体験させるのだ。

 

 

 

 

 

69

私の中にはどれだけの実際の記憶と、想像と、未知への興味があるのだろうか。

それを可視化するのは難しいが、私の感触ではそれらはお互いに細胞膜のような、半透明のしきりを行き来して、混ざり合い、個人の実感(気分と言い換えてもいい)という不確かで強烈な何かを形作っているのだと思う。

 

 

 

 

 

 

70

毎日がただ同じようなことの繰り返しだと感じたら、いっそのこと

いまのその言葉を捨てて、しばらく自分の外を歩き回ればいい。

あなたの外には、たくさんのまだ知らない言葉があふれている。

そして、あなたは生まれながらに、

知らない言葉の意味を感得する能力を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

71

身体がやり方を知っている、と感じるのは、

自然の中に身をおいたとき、

異なる言葉を持つ人と出会ったとき、

他人に触るとき、

怒りを抑えられないとき。

 

 

 

 

 

72

この世界は変わってしまう。

認識していた「変わらない日々」は、ただの個人の視点だったと、気がつく。

けれども変わってしまった後にも、この世界は続いていく。

誰かのいない世界、そして私のいない世界。

 

 

 

 

 

 

 

73

大きな宇宙のほんのささいな質量、

永い歴史のほんのささいな時間、

それを共有できる範囲の、人と人の関係、

それがどれほど愛おしいか、

変わってしまった世界は理解してくれるだろうか。

 

 

 

 

 

74

世界観について

 

写真を撮られるとき、私は撮る人の世界観に関連づけられている。

そのとき感じる違和感や、驚き、高揚感は

芸術に触れたときにも似ている。

 

 

 

 

75

「いつのまにか自分の身近な人がこの世から去っていてその痕跡となる生活用品や写真や映像は、他の人の手によって隠されており、偶然私がそれを見てしまう」という夢を見る。

占いでは、「死ぬ夢」は再生を暗示する良い夢だと聞いたことがあるが、死が隠されることやそれ自体を忘れようとすることは何を意味しているのか。

夢の中で泣き叫んでいた私は目が覚めた瞬間天井を見つめながら、「よかった、この世界では彼は生きている」と、静かに思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

76

だってお葬式に行った記憶もないのに実はもういなかったなんてことがあるわけがない。

いなかったことに、今まで気がつかなかったなんてこと…

 

 

 

77

夢殿という場所に行った。

ずっと私は、時の指導者がこの夢殿の中で眠り、夢の中で迷いを断ち切って答えを手にしたと考えていたが半分正解で半分はずれだった。

 

長い人なら、人生の3分の1はこの夢の世界にいるのだとしたら、夢はその人を形作る重要なパーツだろう。

 

他人には覗き見ることもできない世界を一人ひとりが持っているなんて、不思議なことだ。

 

他人が突拍子もないことを言い出したら、それはその人の持つ夢の世界が滲み出てきているのかもしれない。

 

 

 

 

78

この辺りはかつて別荘や保養所が立ち並び、人々が余暇を楽しむ場所であったという。

中庭の池の周りにはその頃の様子がうかがえるコンクリートの基礎がある。ふと見上げると穏やかに見える森の中に、ぼろぼろになったバンガローが多く立ち並ぶことに気づく。

 

大きな池を臨む、気持ちのよい場所だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

79

家は、生きている人がいなければ、記憶や日々の生活がなければ、維持できない。

 

維持できるもの/できないもの

保管されるもの/されないもの

続くもの/続かないもの

 

 

 

 

 

 

80

家や人、私やあなた、物や言葉はそれぞれどうなっていくのでしょうか。

どこに、ゆくのでしょうか。

「不在」を強く感じさせるこの場所で、私の作品が多くの人に出会い、天候と季節によって姿を変え、散り散りになり、また新たな解釈をされることを望みます。

 

 

 

 

 

81

私がいつか死んでしまったとき、今の私が思い出せる、これまでの感情、思索、目にした光景、愛する私の経験はどこに行ってしまうのだろうか。

また、私のいない世界において、それらを維持することはできないのか。

 

何千年も前から人々が考えていたこれらの問いは、私が生きているうちには残念ながら答えが出そうにありません。

 

 

 

 

 

 

82

人が死ぬ前に見るという「走馬灯のように駆け巡る記憶」。

細かな破片たちは、私ですら忘れている私の経験の色。

きっとこの破片たちは、私の肉体と精神よりもながくこの世界に存在することができるでしょう。

 

 

 

 

 

 

83

私のいない世界において、私の経験は一体どんな役割を果たすことができるのか。

私を疎外するこの世界に、何を報いることができるのか。

 

この寂しさを美しいものにしたい。

それは個人を超えて、人という総体と歴史へのアプローチになるような気がしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

84

遠い世界の肌理

その向こうに見える遠い世界

秘められた世界

秘密の

肌触り

 

 

 

 

85

秘められた世界

秘密の

肌触り

纏う

きらきらとした

 

 

 

 

 

 

 

86

纏う

きらきらとした

剥がす

ベール

氷の結晶

 

 

 

 

 

87

ベール

氷の結晶

個人世界の結晶

世界時間の結晶

クリスタル

 

 

 

 

 

 

 

 

88

クリスタル

結晶の向こう

色とりどりの結晶

七色に屈折する

閉じ込められた痕跡

 

 

 

 

 

 

89

七色

閉じ込められた痕跡

シュプール

時間の最大までの拡大

並べていく

 

 

 

 

 

90

並べる

時間をとじこめる

覗く

 

 

時間を並列する

冬の時間をきれいにとじこめた、はこ

 

 

 

 

 

91

冬の時間をとじこめて

変化するもの

委ねること

水面にうつる

 

 

 

 

92

結晶のような

秘密と結晶

結晶した秘密

 

 

 

 

93

結晶と秘密

折り重なる冬

冬の時を重ねた

レイヤー

 

 

 

 

94

レイヤー

一枚一枚、時間を重ねていくような

違う手触りの布を重ねていくような

心地

ふれごこち

 

 

 

 

95

心地

ふれごこち

結ばれる感覚

指先で絵に触れる

指先で辿る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

96

(折り重なる 折り重ねる)

待ち遠しいとき

透きとおる時間

夢見る

幾重のゆくえ

 

 

 

 

97

幾重の行方

浸透する光

染み込む光

 

 

 

 

 

98

あるいは私が想像しうる永遠について。

繰り返すことは永遠をもたらすのでしょうか。

 

どこまでも続くことは私を安心させるのか、

それとも退屈させるのか。

 

 

 

 

 

 

 

99

非連続の世界と精神について、

 

連続しないこの世界に、果たして精神はありうるのだろうか。

 

何も維持しない世界に、心はひとかたまりで在り続けられるだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

100

この世界にあるものは絶えず流れ続けています。人も植物も、目に見えているものは姿を変えていきます。そして人の心も常に変化し続け、そのたびに新しく世界を捉え直し、何かを見つけていくのです。この世界にある様々なもの同士はどこかが少しずつ似ていて、移りゆく中でふと繋がりまたどこかへ流れていきます。描くことはそうした曖昧な領域に踏み込み、流れに逆らって粉々になって、自分もその流れの一部だと気づくことです。

 

 

 

 

 

 

101

一つのものの中にはさまざまな表情が含まれていて、見るときどきによって、また見る視点によって、いかようにも変化していきます。

 

どこに向かうのか、何を目指すのか。その都度自分が感じることを優先し、自分自身の変化を受け入れる。

 

振り向くともう変わってしまっているかもしれない。

 

 

 

 

102

この世界の、

疲れ、

ささくれ、

綻び、

停滞と流動、

逆流、

 

熱。

速度。

表情。

 

 

 

 

 

 

103

今は「ゆくかわのながれはたえずして…」と書かれた時代とは随分と違って、違和感や不均衡、孤独と疎外、じんわりとした痛みや、ゆっくりと降りていくような冷たさ、そこから徐々に崩れていくような綻びを含んで、逆流を繰り返しながら、ぎこちなくこの世界は流れている。

その流れの中で、尊厳を持って必死で生きている、人に寄り添って、何かを作りたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

104

赤い色のことをもっとよく考えること。赤は目に見えない色。

内側の色。ひりつくような色。始めから歪んでいる色。

発光する赤。目に滲む赤。

赤い線。

 

 

 

 

 

105

内側に対する興味。何故内と外が両立するのか、しないのか

という疑問。

熱い赤と冷たい緑。

 

痛いということには熱がある。だから傷口は赤いし、悲しみは赤い。けれども痛くないことには熱がない。

だから安らぎは緑で、死も緑。

 

 

 

 

 

106

白について。白は治癒の色。

青について。青は鬱血の色。

黄について。黄は得体の知れない色。注意して近づいた方がいい。

グレー。人の身体の色。人の心の色。

欲望。

 

 

 

 

 

107

様々な色彩と筆致に溢れ、あちこちで何かが起こり、総合と切断を繰り返している。常に新陳代謝が行われているようであり、さながら万物の流転を体現するかのよう。それをずっと前から知っているような気もするし、生まれて初めて知るようでもある。

 

新しい季節に出会うように、絵画の前に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

108

内と外、裏と表。内側は外側がなければ破綻して流れ出てしまうし、外側は内側がなければ、空虚なこの世にあってはいけないものになる。

内と外はお互いを奪い合い、支えあっている。

その内と外を同時に見ようとする。

絵画はそうした危険な企てである。

 

 

 

 

 

 

109

光と眩しさは似て非なるものである。光は自然現象だが、眩しさは自然ではない。眩しさは人間の感覚である。

光を受容すること。

私が求めているのは眩しさである。

同様に、風景は自然であるが、光景は自然よりも人間の主観的な感覚に近い。

光景はかんたんに捩じ曲げられ、ありもしない美しさを現前させ、とても儚い。自然の厳格なルールを容易く破り、悪い夢のようにいつまでも終わらない。

私は光景が見たい。

 

 

 

 

 

 

110

今日は、私が色のある世界に生まれて来られて良かったと思った。

何の音もしない、水の中のような、色の世界。

色に対する深い思慮。

 

絵は絵になり始めると本当にそこに人がいるみたいな気配がする。

 

 

 

 

 

 

 

111

今この瞬間から、バラバラになり、失われていく自分。

今大切だと思ったことが、もう明日には大切だと思った気持ちごとなくなっている。

時間の中に同一性を保てないこと。

不誠実。

もうもたないこと。

こんな大変なことをどうやって乗り越えたらいいんだろう。

 

 

 

 

 

 

112

本当は、何もかもが、身体でさえも、少しも私の意思など介さず、そして私の意思というものまでもが、簡単に別のものになっていってしまうことが、とてもおそろしい。

 

一枚の絵はたった数日の短い時間だけでも私が(時差を含みながらも)何とか同一で在り得たことを、示してくれる。

 

寂しいけれど絵は身体ではないから抱きしめることができない。

 

 

 

 

 

 

113

自分でつくった制約を、どう裏切っていくか、どんな反則技をつかって鮮やかに戦うか、それが生きることの醍醐味だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

114

山笑う、光の春

山眠る、光の冬

 

 

 

 

 

 

115

絵を描くことで、何とか自分に負荷をかけ、重力を手にしているのだ、自分がこれ以上バラバラになって、飛んでいってしまわないように、重力をかけているのだ。

 

順調にぐちゃぐちゃ。蓋も開けっ放し。

 

 

 

 

 

116

忘れられないこと。例えばうっ血した肌の美しさ。いびつな家族の中で懸命に人と繋がろうとすること。人は変わる。人は当たり前のように死ぬ。大雨の中ヘッドライトに照らされた水柱。川の上の大きすぎる空。骨と肉の間の血を洗い流す。こちらをぼんやり見る鯛の目。喉の奥に針が引っかかって、暴れる魚。私の手の中で、血を流して死ぬ魚。浮かぶ魚。棺の中に横たわる曾おばあちゃん…

あの得体の知れない情動。

 

 

 

 

 

 

117

川底の石がまるくなるように、記憶の中で純化された光景は輪郭のぼやけた白い光となって私の中に住み続けます。

それはどこかとんでもなく遠い場所で、人が皆知っている懐かしいところでもあります。この懐かしさの正体を突き止めたくて、私は絵を描くのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

118

あなたは、小さな個ではない。大きな世界を切り刻んだ欠片ではない。

小さな私という常識を打ち破る。

あなたは大きい。

 

 

 

 

 

 

119

記憶の中にこびりついたあるものが、フラッシュバックするときにはじめて、無意識の自分が「よく見ていた」ことに気がつくことがある。寝る前に何となく見たものが夢の中でとてつもない存在感を持って現れるように。

 

ある記憶の美しさ、懐かしさは、実は他の人と共有しうるのではないか。

 

 

 

 

120

私の記憶ですら、この世界の何でもないような断片なのではないかと思う。何でもない私の記憶からあなたの記憶、大きな世界に繋がることが出来るだろうか。

 

何度も思い出す度に塗り替えられる。記憶は白い光になっていく。

その光は概念なのか、光景なのか、感傷なのか、わからない。

 

実は何かを思い出すことは、私個人の過去の再現ではなく、どこかとんでもなく遠くの光景を見るための思索なのではないだろうか。