「手紙を書く人」

(六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2016 「思い出せることのすべて」にて配布 2016)

​1〜60

1

愛と疎外

 

殖えることと喪うこと。

満ちていくことと欠けていくこと。

失いながら尚この世界に分身を作り出していくこと。

奪われることに抗うこと。

 

 

 

2

総体としてのドローイング

皮膚、地表

不完全な個としての絵画、

彫塑

羽衣

骨と瞳

 

 

目に映るすべてのものは舟

 

 

 

 

 

3

これが愛だと言うのだとしたら、愛というものは澱のように、泥のように水を汚して、

泳げなくなった私たちの脚や腕や目を、ゆっくりと湖底へ沈めていくようなものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

4

あなたのいなくなった後の世界で、あなたの絵画を見つめて、

そしてあなたの骨を踏み越えて、あなたが言いそびれた言葉を、この世界に囁くでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

5

今日気がついたのだけれど、何かを考えるとき人は、いま考えていることしか考えられないのだ。

去年、昨日、さっき、明日考えていたことはもうどうやっても考えられないのだ、

思考自体に自分の同一性の根拠を求めるのではなく、

もっと押し並べて、山の上から眺めるように、

この移りゆく総体としての私を残していけばよいのだ。

 

 

6

個と総体は二律背反ではなく、お互いを食みながら、孕みながら存在している。

 

 

総体

欠けながら、失われていくまま、殖えていくことである群生になる、

この世界から疎外された、弱い私たちの、喪失に対する力の限りの反抗。

 

見る程に、知る程に同じ人とは思われず、声も仕草も表情も、

あなたを形作っている全ては、

あまりに歪で不完全なものに思われる。

ただ確かに感じられることは、あなたと私の間には決して越えられない深い断絶がある、

その淵を、距離を、拒絶を恨んで、私はあなたを壊そうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

7

何もない日常に耐えること、私のいない世界を私が生きること、

 

 

8

人が生きて何かを生み出してゆくためには、楽しいことや、幸せなことばかりではいけなくて、

悲しいこと、恐ろしいこと、

本当に欲しいものが手に入れられない遣る瀬なさ、

怒り、憎しみ、

弱さ、

殺意のような、

絶対的な孤独のような、

温かい血と生温い水をどろどろに混ぜて、

私たちを奪うこの世界に対抗するように、

醜くも生きてゆく、生み出してゆくという決意が

必要なのでしょう、

 

 

 

耐えられないから、腹いせに描いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

9

ひとは孤独だ、どこまでもひとりだ、だから作り続けている。

 

それでもひとは愛を知っている。

 

 

10

かみさま、

 

(神様はどうしてこんなにも抽象的な存在なのだろう?)

(それは信じる人の目にしか見えない、一つとして同じ像や実体がない、設定されていない曖昧で多義的な存在として、しかもこんなにも多くの人の中に共通して在るということだろうか、

神様は)

 

(それは光や色や音、あるいは無音のような、静けさや、凪のような、あらわれなのだろうか)

(だから抽象絵画が生まれたのだろうか)

 

神は、恵まんとする者に恵みをくださるそうだ。

神は、導く存在だそうだ。

 

 

 

 

 

 

11

技術とかセンスとかそういうの以前に、何かを生み出す為に必要なのは、精神だと思う、とその人は言った。

土壌を作ること。

祝されていること。

に、感謝すること。

 

 

 

 

 

 

12

あなたを手に入れたいのではなくて、あなたに、あなたが今までに考えられもしなかったような何かを贈りたいのだ。

あなたの未来を、これからの実りを、永い永い生を与えてあげたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

13

祝されていることと呪われていることは同じことなのだろう。

 

 

 

 

 

14

自分をバラバラにし続けることが、

自分をまるで部分として捥いでいくように、散り散りになるまで解体し続けることが、

(本当は、私は日々崩れ去り、気を緩めればその瞬間に、

たちまち瓦解してしまうのだということが、)

あんまり悲しいので、

ときどき辛くなるのだろう、

 

バラバラになった自分を、もう一度総体にして、

新しい身体を手に入れるために。

 

 

 

 

15

思いがけず、山と海があるこのまちに住むことになり、環境の変化の影響は、真っ先に私の身体に現れました。私が頭の中で、このまちの地理や、人や、気候を理解しようとするよりもずっと早く、私の身体はこのまちを知り、応えようとしたようです。今では坂道を歩いていると、かかとからふくらはぎにかけての部分が、何かを考えているようにすら思えてきます。自分の身体が何も意図せずとも変化していく様子は不思議であり、恐ろしくもあり、また自分の知らない自分に気づかされるようでもあります。こうした身体の変化は日常の所作をも変え、今までにない手つき、表情、足取り、ものとの関係や体内時計まで新たに調律されていくようです。

そして今の私は明らかに、以前の私とは違うことを考えています。時々自分はあまりにも不誠実なのではないかと思うくらい、身体だけでなく、考えることも変化していきます。おおげさに言えばこの変化、流動性、速度の中でしか私は生きられないように思います。

 

 

 

 

 

 

16

何か重大なこと、懐かしいような、ずっと前からそこにあったのに知らなかったこと、今の自分が気づかなければいけないことに、ふと辿り着く。

 

自分はまだ何もわかっていないような、自分には致命的に何かが欠けているような、そんな渇きがあるからかもしれません。

 

 

 

 

 

17

こんなにも、あなたは、よい、感じがする、

よいとはどういうことなのだろう?

積み重ねている層がとても透き通っているような感じがするの、

私にとってあなたは良い感じがするということだろうか、

 

それならば悪いとはどういうことなのだろうか。

悪さや醜さが必ずしも不必要ではないのも、どうしてだろう。

そんな深い淵を覗いてみたくなるのは、何故だろう。

 

 

 

 

 

 

18

私のいない世界って、

私とこの世界との間に何の関係も見出せないということ、

見えている、目に映っているけれど、それを見ているはずの主体が何なのかわからないこと、

ただ置いていかれたように、

流れゆく景色を映す水面のように、

 

耳を劈く静けさの中で、

 

 

 

19

私に与えられる光、

としての他人、

 

 

私にとって他人が、光であるということは、

それがなければ私自身も確かめられないということ、

 

私にとっての他人が、光であるならば、

私の陰影をより濃く、深くするのもまた、

他人であるということなのでしょう。

 

 

 

 

 

 

20

明るいところから暗闇に降りていく時の安堵と、

暗闇の中から明るい方へ向かっていく時の恐怖は、

一体何万回私たちはこれを繰り返しているのだろう?

という素朴な疑問をふと、思い起こさせてくれる。

 

 

 

 

21

自分の手で自分をひたすらバラバラにしている、

見た目の上では私は殖えていっているけれど、実は私はどんどんバラバラに、

切断されていっている、

いくら枚数を重ねても、私の全体は構築されていかずに、

ただただ部分だけが集積していく、

そうして解体された散り散りの私を、

もう一度集めて、

構築し、

あたらしい私を手に入れる、

 

絵を描くことは何かを失うこと、同時に手に入れること。

 

 

 

 

 

 

 

 

22

これはきっと、私をもっと遠くまで連れて行ってくれる、

ここではないどこか、見たことも無い何かまで。

 

 

 

 

23

数百数千の数が何かを変えていっているということ、

「このように見える」訳でもなく、「このように変形させよう」という恣意がある訳でもなく、

ただ数百数千の経験が私にこのように描かせているということ、

描くこと描き続けること自体の何かがあるということ、

 

 

絵画から恣意も理屈も取り払ったら、綺麗な反復性が見えてくるだろうか、

(こうして辛い経験を真似事のように繰り返すのは、癒されたいのか、死への衝動か、)

 

 

 

 

 

24

学校には昨日のうちに終えた宿題を持って行くこと。

 

25

「そして人の心も変化し続け、その度に新しく世界を捉え直し、何かを見つけてゆくのです。」

 

 

 

 

 

非情な面を持っている天使も、優しい心を持っている悪魔も、

結局ただ、人間なのだ、と思う。

 

 

 

 

自分との約束を破ると、どんどん流されて行くよ、

過ぎ去ってしまうよ、

 

 

 

 

 

 

 

 

26

ひとつだけ約束できること、

私と一緒にいると、良い絵が描けるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

27

人の鏡

水面

貴方が貴方を見るための装置

貴方だけを映す湖

 

そのための私、そのための作品

 

 

 

 

けれどもそこに私の姿は映らない。

 

 

 

 

 

 

 

28

始まってもないのに、ゴールを設定してしまうのは、

つまらないよ。

そんな月並みな、ありふれた幸せなんて。

もっと思いもよらないような、想定外の何かを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

29

何かを見て、それを描く時、それがそのように見えている、

のではなくて、

そのように考えている、ということを目に見えるようにしている、ということではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

30

勝たない、簡単に勝たない。

負けない。

防戦あるのみ。

 

 

 

 

 

 

31

悲観的に、何かを決めつけるとか、諦めるとかいう思考は、

ただただそうすることが楽だから、

そっちに流れていってしまうだけ、

 

本当は、白とも黒ともつかないところとか、逆境の中で何とか切り抜けていける発想とか、

そうじゃない可能性とかわからないままのリミナルさとか、

そういうとてもしんどいものを抱え続けること、

考えることをやめないこと、

今この瞬間から別の自分になれること、

実践できること、

 

 

 

 

 

32

「忘れるために夢をみる」

枯れてゆく花を描くことでこの世界の流れゆくもの、失われてゆくもの、粉々にされかたちを変えていくものを見つめています。目の前の花は私やあなたとは異なる速度で、しかしながら同じように、終わりへと向かっています。崩壊した彼ら自身は消えてしまうのではなく、確かに何度でも再び始まり群をなし、かたちを変えてこの世界との関係を続けていくのでしょう。

 

 

 

 

33

「目に映るすべてのものは舟」

めまぐるしく天候は変わり、人は移ろい、どこかで見たようで初めて出会う、新しい季節にとまどい、その中で少しも持続しない私は、ただただ流れゆくそれらを受け止めて、抗うように、見ることを止めないでいます。

私はきっと、今考えていることしか考えられない。

去年、昨日、さっきまで考えていたことや明日考えることは、どうやってももう考えられない。

完結した個としての私ではなく、ここにあるのはそうした、バラバラの時間、バラバラの身体、そしてその総体としての移りゆく私です。

 

 

 

34

違和感の中にしか、実感を見出せない。

光を受容するばかりで、発現させたい色もない。

 

 

白紙とグレー、世界の設定の違い

 

 

 

そぐわないという感じ、相応しくないという感じ、どれだけ描いても、それではないという感じ、

よくわからない感じ、そもそも一体?という感じ、

日常も非日常もなくその受け入れがたい状況を呑み込んで歩く、わたしはひとりであるける、

遍く在ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

35

何も考えないこととよく考えることを同時にしてみる。

 

 

 

36

海や空を見て、美しいとか大きいとか素晴らしいとかいった感想を持つのと同時に、

これは一体何なのか? 何故ここから急に水なのか、抽象的な空間なのか?

こんなにも大きく広がりすぎた領域を前にして、何故人は狂わずにいられるのか?

といったことを考えさせられるので、

海や空をずっと眺めることは危ないことだと思う。

 

波打ち際の浅い水、触れられそうな距離、半透明、

陸でも海でもない曖昧な領域、

接するところ、リミナルなところ、

中途半端さが絵画のようで、

きれいだなと思った。

 

 

 

 

 

 

37

中心がない、中心にない、中心にない、がいる、

周縁があることで中心のなさが成り立っている、

なさ、にしか私は居られない。

 

 

 

夢のようなまだ見ぬどこかへの憧れよりも

ずっとは居続けられないここへの強い渇きが

私を、生かしてくれているように思う。

 

 

 

 

 

 

 

38

巧く言いそびれたあの時のあの気持ちを思い出そうとしてずっと失敗し続けていること。

 

 

 

 

 

39

あるものが、そのものとしての意味や役割を失う瞬間、

服が破られるとき、

野菜が切られるとき、

花が枯れるとき、

人が人でなくなるとき、

逆説的に、それがそれであるということはどういうことなのか、が

痛いくらいに実感できるんじゃないかという期待をしている、

 

そしてその期待を、ずっと裏切られ続けている、ということ。

 

 

 

 

 

 

40

見知らぬ土地での私は、ただこの空気の中に遍在しているように、身一つでここに立っていられる。

私の名前を呼ぶあなたの前では、散らばった身体を集めて、

そぐわない私を提示する。

 

ただ一人の私として名前を呼ばれることへの違和感

仮定を示すことしかできない無力感

私というただの仮定

 

 

 

 

41

人や植物といった、変化し続けるもの、それ自身に時間の流れを含んでいるものを扱っています。その根底には、自分自身の連続性への疑いや、死について、あるいは私が想像しうる永遠について、考えていきたいという思いがあります。夢のようなまだ見ぬどこかへの憧れよりも、ずっと居続けられないここへの強い渇きが私を生かし、作品を作らせているように感じます。

刹那的な「いまここ」について考え続けること、同じ行為を繰り返しながら二度と同じ絵が描けないと気づかされること。

それらは私自身の有限性を知るための、そしてその有限の私が、この世界に潜む目に見えない、無限性のようなものにアクセスするための手立てなのです。

 

 

 

 

 

 

42

辿り着けないほど遠い、けれどもしかするといつか、行けるかもしれない、触れられるかもしれない、

全てを分かり合うことはできなくても、ほんの少しなら

共有できるかもしれない、

 

 

あなたに到達するために、私は絵を描いています。

そして私の絵はあなたが、あなたを見るために在ってほしいと思います。

 

 

 

43

海の、分け隔てのなさは、こちらの思い入れや理由づけをきっぱりと拒み、それと同じくらいつよい力で、

人のこの一度しかない体験、今日という一日を肯定する。

 

「解放と突堤」

少し遠出をして海から神戸へ帰る途中、特に楽しいふりを決め込む必要もなくて、本当に、ただそのときそうしたかったから、車の中、後ろでうたた寝をした、シートベルトがどうのと聞こえる、そんなの寝てるんだから、大丈夫だと小さい子どもがぐずるように思う、スカートの裾に空から海へ、海から空へ反射した午後の光が揺れている、

どうしてこんなに解放されているんだろう。海でも陸でもないところでは、限りなく、この曖昧な時間が与えられている。

もう帰りたくないくらい、怖いほどに、人を解いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

44

いつもいつも振り出しに戻らせる、あなたの今日までの目的を忘れさせる、

そのための装置。

 

 

 

 

 

 

45

バラバラのもの、バラバラにさせるもの、

遍在と散在、

見知らぬ土地でフェリーを待つ、だだっ広い待合所のような、

本当は、私はどこへ向かうはずだったのか?

誰も私のことを知らない、心地よい疎外感、

自分が細かな粒子になって、広がり漂う、遍く在るように

ふと感覚が研ぎ澄まされ、空気中の埃に反射する光の質感まで見えてくる、

私もあなたもいない世界が見えてくる。

 

 

 

 

 

 

46

壊されていく物としての性質と描かれていく絵としての性質、その両方が表と裏を取り合うように均衡を保つとき、ようやく私の絵画が存在できる。

それはちょうど人が自らの手でこの世界を眺め自らの手でこの世界に触れるそのときほんの少しだけ、折り合わないはずの人と世界が共存できるような、そんなささやかな納得、休戦、承諾に近いものである。

 

 

 

 

 

 

47

サボテン、内側に水を溜めている。

フォルムの内と外、うねる力とまっすぐに伸びる力。

小さな雨粒を糧にして夏の日射しにぐんぐんと伸びていく生命力。

荒涼とした大地、乾いた風が吹いたり、時には雨や霧が取り囲んだり。

自然は、私たちの小さな悩みなどまるで気にしないように、あっけらかんとその力強さを見せてくれる。

 

 

 

 

48

この世界には、ふりかえる一羽の寂しい鳥と、もう戻れない温かな場所としての鳥の群れがいて、そして鳥の心とはまるで無関係に、ただ流れゆく景色を映す湖があります。

三者はそれぞれの寂しさを抱えていますが、同時に他の世界や、他のレベルへ向かうための自分だけの方法を持っています。

たとえば風切羽のように、あるいは他者の体温のように、いつかの懐かしい記憶のように、そして水が雲や雨や霧になるように。

意志や選択、未来への希望、変化を恐れない勇気を持っています。

あなたの寂しさは、あなたにどんな力を与えてくれるでしょうか。

 

ふりかえったとき、きっと

 

 

 

 

 

 

 

 

49

3ヶ月後にお別れだと思って、今日のこの日に、目を凝らしてみる。

 

 

 

 

 

 

50

ずっとむかし、弟が庭の柿の木の間にハンモックを吊って、変わった恐竜が出てくる絵本を読んでいた。

何もなくてもいい時間だった。

そういう時間の流れ方に、また出会うことはできるのだろうか。

もうずっと忘れていたのに、それがもう繰り返さないと気づくと急に悲しくなってしまった。

繰り返さないことに現在からの距離は関係なくて、ついさっきの目の前の出来事だってそれは同じだ。

けれどもずっとむかしの出来事はある日突然心を訪ねてきて、まるでお別れを言うみたいに、少し光って消えていってしまうのだ。

 

 

 

 

 

51

思い出すことと繰り返すことは、どんな風に違ってどんな風に似ているのだろう。

 

 

 

 

 

 

(初めて見るものへの懐かしさは、そのどちらでもありうるのだ)

 

 

 

52

この辺りの人は山がすきで、たとえイノシシが出ようとも虫に刺されようとも山に登り、山に住もうとする。

山の上まできれいな家がずらりと並ぶ様子を夜、

海側から見ると、灯火が山とも空ともつかぬ闇の中へゆっくりと歩いていくようで、いとおしいような心許ないような気持ちになる。

 

私はこの見上げる夜景がすきで、迂回してそれがよく見える道を走る。

闇の中へ進む。昼間はあんなに明るくてどこまでも遠かった空は、今は暗くて近い。

川も海も、闇の中。

 

人はみな、闇の中から生まれた。

夜はそこで眠りたいと思う。

 

 

53

むかしむかしある地域の王様が夢見た永遠に朽ちない身体、それは緑も水辺もない地域の、頑丈な石でできた幾何形態の中にあったらしい。

 

私の生まれた国では、永遠に朽ちないものは無いと古くから人は考えていたようだ。

それはこの国に緑や水辺があり、流れがあり、喪失があったから、かもしれない。

 

この国の古いお墓の中心にいた人は土になってしまった。

その土は私の庭の土かもしれないしそのときなくなった水分は、この顔にかかる雨粒かもしれない。

 

この国の自然は、柔らかなお墓でできている。

 

 

 

 

 

 

54

私の私的な記憶が、いつか発掘されて輝きますように。

そしてその瞬間も、日の光がありますように。

 

 

 

 

 

 

55

遺物が遺跡になり、遺産になるまでにどれだけの時間と歴史の流転が必要だろうか。

 

 

 

 

 

 

56

今ここで時が止まって、すべてが凍りつき、あらゆる地上の素材が組み替えられたとしたら私は一体何になれるのだろう。

 

 

 

 

 

 

57

人が編み出した言葉はどれだけの時間を超えることができるのだろう。

そして言葉が絶滅した先の世界には、何があるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

58

すれ違った、幼い姉妹を連れた中年の女性に目がとまる。

それは私の母であり、私の母の母であり、そして他人だった。

家族というモデルの、細やかな構造、その細い細い血管の先には、私がいてあなたがいる。

 

 

 

 

 

 

59

ひとりの人間の中では心臓を基点として隅々まで血管がのびていくように、

ひとつの島の中では住む人がいる限り隅々まで道路が繋がっていくように、

個々人の生活史は、もうなくなってしまったものも含めて、ゆるやかな想像の網をつくり出しているのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

60

ひとつの家の跡から、ひとりの人の痕から、

想像の暈が広がるような、滲んでいくような景色。