「手紙を書く人」

(六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2016 「思い出せることのすべて」にて配布 2016)

​241〜300

241

流れる車窓からの景色を見ていた。景色自体は、動いてなどいないのに。流れてくる水流に逆らってすごいはやさで私以外が過ぎ去って、取り残されるように。私を景色に取り込もうとする景色を振り切った先に、きれいな独りの魂に出会うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

242

美しい景色やムードや文脈に、関連しないでいることの清々しさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

243

毛細血管の先、伸びる蔓の端、新しい芽の生まれるところ。

その先は行き止まりのようにも見える。

先端に届いた酸素や水が端を押し広げていく力は、

か細くて力強い。

 

 

 

 

 

 

244

「伸長する」

0が1になり、また0になるのを繰り返すのではなく

1が2になり、3になる

その神秘、伸びていく希望、ありえなかったものが生まれる瞬間

 

 

 

 

245

植物の根の先

細胞が増えていく現場

あまり話したことのない人と共に過ごす時間

カレンダーの先を3枚めくったところの白紙

 

これからを感じさせるところ

 

今はまだない

甘いものも苦いものもすべてあわせた

あわい期待が待っているところ

 

 

 

 

 

 

 

246

絵は小さく描くと小さな絵になるけれど、言葉は小さく書いても、意味上のスケールを失わないから不思議だ。

 

 

 

 

 

 

 

247

美しいものは見ようとしない人の前には現れない。

ここにあるものの美しさは、成り立ちや構造、これから進行する形、それらのグラデーションから生まれて、ここにあることの美しさに重なる。

 

 

そして不思議なことに理由の無さはひときわ物事を美しく見せる。

 

 

 

 

 

 

248

今日の木漏れ日も、雨粒も風の音も、持って帰ることはできないから、どうやってそれを保存するか心配なのだけれど、大丈夫。

心にとって本当に必要なとき、それらはまた、我が身に降り注いでくれるものだ。

 

 

 

 

 

 

249

身のまわりに美しいものを集めたり、どこかに行ったりすることも大事だけれど、

自分の器を手入れしておくこと、ぴかぴかの空白を持って、どんなものだって注げるようにしておくことも同じくらい大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

250

他人の言葉の意味を深読みして、疲れを通り越してもう無関心になってしまった。

私のためでない木漏れ日や夜景、ただ流れてくる誰かの言葉はこんなときにも私を放っておいてくれて嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

251

仮に毎日の習慣をひとつずつ減らしてみるとわかるだろう。

雑然とした毎日の行動が実は高度に関係して階層を形成し、それらによってどれだけあなたが救われていることか。

 

 

 

 

 

 

252

いらないものを捨てたら、望むように早く走れるんじゃないの?

そう見えても

いらないものの定義も、しっくりくる速度も

人によって全然違うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

253

窓ガラスを濡らす雨粒のパターンは視界いっぱいに広がり

落ち葉の色と薄い厚みは日増しにレイヤーを形成していく

自然の中にすでにありすぎる抽象画、抽象的な映像

…たった一枚の動かぬ絵を求める人をよそ目に

 

 

 

 

 

 

254

「しばらく距離を置こう」と、せっかく決意したというのに、

それを伝えるまでもなく、あなたとわたしを隔てる距離はもう、

すでに見えないほどなのだった。

せっかくの決意を伝えようとすれば、言葉とはうらはらに

あなたに接近しなければいけないのだった。

 

 

 

 

255

心の機微に鈍感でいられるのは、ある意味でたくましいことなのかもしれない。

無痛覚のからだとこころを手に入れて、発言と傾聴さえも、完全にひとりで完結する仕組みを手に入れてしまったら、もう

「わたし」も「あなた」も必要ではないのかもしれない。

 

傷つくことを手放したら

それ以前に戻れなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

256

無意味に広がる空間の中でともに居続けるためには、

ちゃんと毎日座標や番地を確かめることを怠らないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

257

車の窓についた水滴をかきとると、網目状の抽象画が現れた。

1秒に1度、生まれては消える絵。

人がそれを絵だと思うとき、意図しない現象を愛し、研究することだってできるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

258

夏が終わった、がむしゃらにがんばったというより、日々の変化と自分を見つめた夏だった

 

新しいスタートを後押しする台風一過の優しい日射し

 

 

 

 

 

 

 

259

調子の良いときもあれば、だらだらと力無く横たわるしかない日もある。人が憎いときもあれば、なにもかも許せる瞬間もある。

こうして書く手紙が来年、再来年も力を与えてくれるように。

そのすべての瞬間を肯定してくれるように。

 

 

 

 

 

 

 

260

とんぼが空高く舞い上がる、日射しが、くすんだガラスのように、弱く静かに佇んでいる。

目をしっかりと見開いて空を見上げるのに良い季節。

 

 

 

 

 

 

 

 

261

今日これきりでもう二度と会わないと思うと清々しく別れを告げられる。別れることは出会うこと以上に難しい。そして明日も明後日も会う人とのこれからに、昨日私は苦くも、別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

262

「単純」

 

複雑になりすぎた感情は、目に見えず一定でなく、言い表すことすらできそうにない。

 

からだやこころが本来持っているすばらしい

機能、

単純さを取り戻すために。

 

 

 

 

263

「回復」

 

昔話や神話、最近の幻想的な物語まで。

「その水を飲むとたちまち病が治った」というシーンを見る。

人智を超えた現象、嘘のような回復。

 

現実世界での回復とは、

どん底でひとり、何も持っていなくて、何も感じなくなってしまったときにやっと一雫の水が落ちてきて、そこから全く新しい意識が生まれるようなこと、また自分の足で、歩き始められることだ。

 

 

 

 

 

 

 

264

「忘却曲線」

 

今日一日で見たことや聞いたことのうち、明日まで持って行けるものは少ないのかもしれない。

昨日に置き去りにしたこと、それはどこに行くのだろう。

別の誰かが、もったいないからと集めておいてくれたりはしないのだろうか。

 

 

 

 

 

265

私たちは旅をしている途中だから、

「今日」拾ったものがどんなにきれいでも、「明日」まで移動するときには、必要最低限の荷物だけを、かばんに詰めて持って行く。

 

寂しいけれど未知なる「明日」は焦がれるほどに魅力的だ。

 

 

 

 

 

 

 

266

時計をわざとなくした。昨日の備忘録も、明日のスケジュールも、

もうわからないように捨てた。

 

これで強烈な「いま」を実感できるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

267

ひとは、強烈な「いま」だけではいつか気が狂ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

268

昨日までを保存すること。

明日へ、莫大なエネルギーを費やして移動すること。

それらの手間は、ひとが強烈な「いま」に魅せられて、

狂ってしまわないための手段。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

269

身体に悪いことや大体の快楽は

持続しない現在に夢中にさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

270

滑り落ちた、昨日までも明日からも、

本心や道徳でさえも。

 

 

 

 

 

 

 

271

当たり前の幸せを、他人が提供してくれるわけではない。

同じ当たり前は、他人は持っていないから。

自分の当たり前が他人にとって特別な輝きを持つなら

きっといいことが起こるだろう。

 

 

 

 

 

 

272

同じ人と一緒にいることの特殊、

同じ地に長く居続けることの偶然、

 

たまには違う人の声や、違う土地の景色や味に、触れてみるのもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

273

同じものばかり食べていると味覚は鈍感になる。

生きている人でも、同じ考えにばかり浸っていると腐ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

274

少ない時間に、できるだけ多くのことを伝えようとして、たくさんの言葉を詰め込む彼女。

でも言葉は脆弱で誰かに拾われなければ

音になって消えるだけ。

 

 

 

 

 

 

275

生けていた花が数日後に枯れ始めると、透明だった水が一気に澱んだ。

生けていた花は、仮に死んでいたのだ。

 

死はこんな風に突然、目に見えるかたちになって現れる。

 

 

 

 

 

 

276

そうしつの こころにしみる たきのおと

 

 

 

 

 

 

 

むしといっしょに しんでゆくなつ

 

 

 

 

 

 

 

277

楽しかった思い出を、古い瀬戸ものを出してきて埃を払うように、思い出しては磨き清めて、桐箱へ大事にしまった。

もうこの箱を開けることはないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

278

もう触れることのない人との思い出は

きれいにしまわれた器と同じで

きれいなだけで、

もう、使うことはないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

279

今さら掌の中に入れても、抱き寄せても、小さな心は鳥のように空を求めて飛び立ってしまった後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

280

それは

警戒心が強く臆病で、そうかと思えば大胆で

居心地の良いところにしか降り立たない

小さな鳥のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

281

今眠ると、もう二度と目覚められないのではないかと思うような

 

喪失感から来る強い眠気

 

 

 

 

 

 

 

 

 

282

単純なことの繰り返しが、ほんとうにひどい傷でさえ癒すことができるのは、この世界の基盤には「単純なこと」と「繰り返すこと」がしっかりと組み込まれているからだろう。

 

 

 

 

 

 

283

高速でかけぬける

アクセルを踏む 水中モグラ

なんのおともしない光もはいらない

トンネルの中

ふりかえれば もう闇

 

無音の世界 地底でも海底でもいい

人一人ほどのホールをつきぬける

どこまで行っても 誰にも会うことはない

 

 

 

 

 

 

 

284

かけがえのない はずなのにあってもなくてもどちらでもいい

奇跡である はずなのに誰しも同じく 

ただ繰り返すだけ

日常を生きることがすでにもうこんなにも

困難だ

だから 日常を題材にして書いている

 

 

 

 

 

285

賢い人

その人が口を開けば皆が静まり耳をそばだてる

ありふれた易しい言葉に

弱さ、醜さ、気高さの、なにもかもが包まれ

誰もがふと来た道をふりかえる

 

 

 

 

 

 

 

286

わざわざ危険な場所に行かなくたって、

日常がすでにサバイバルだ

ナイフもなく丸腰で、

生身の他人と渡り合うのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

287

人に比べてものすごく多くのことに気がつく

人は

気がつくたびに迫られる 可か? 非か?

の選択に耐え抜いて来た人だ。

 

 

 

 

288

どれだけ深く悲しもうと、喜ぼうと、

そのくらいでは

このよそよそしい世界にひびも入らない。

 

 

 

 

 

 

人と人のあいだにある目に見えない「関係」の道は

すこしの悲しみでひび割れ、すこしの喜びで修繕される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

289

有か無か、嘘か本当か、そのぎりぎりのところを書くこと。

 

 

 

 

 

 

 

290

他人にもっとこうなってほしいとぶつけること

わたしはもっとこうでなければならないと強いること

どちらも根っこは同じところから生えているような気がする

ちょっととりあえず休戦しよう

 

 

 

 

 

 

291

複雑になりすぎて雁字がらめになっていた

じたばたするのをやめたら

時間をかけて

ほどいていくこともできるのかな

 

 

一本の細く長い紐があらわれるまで

 

 

 

 

 

 

292

男らしさや女らしさ、親らしさ、子どもらしさに縛られるように

いつのまにか自分で自分を罠にはめている。

 

 

 

 

わたしは、もう一回り大きくなれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

293

あなたが思っているよりも、あなたは頼れるやつだ。

いのちを動かす原動力、その機構、パワフルなモーター、

あなた自身を乗せて、どこまでも連れて行くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

294

健全なからだとこころ、食事、睡眠、気晴らしのすばらしさ

そして前を向いている人の、横顔の美しいこと

たとえ打ちのめされても、弱さを受け入れて

また

立ち上がる魂

 

 

 

 

 

 

 

295

上を向いて伸びていく力、重力に逆らって

重たくなって

また重力に従って落ちてゆく

登ることと落ちることを繰り返している

怖れることはない

またここへかえってくる

 

 

 

 

 

 

 

296

秋になって無気力にならないために、

平常運転よりも1.5倍くらいの

スピードと集中力で、

迫り来る秋、美しく快適な豊穣の秋を満喫すること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

297

徐々になんて慣らさないで、腹を括ってどっぷりと、

このあまりに寂しい秋と冬を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

298

楽しいも悲しいも、あれがしたいもこれが好きも、ふっと湧いたときにしかと捉えて感じておかないと水のように流れていってしまう。自分の気持ちですら感度を上げないと手に入れられないような、昨今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

299

自然に抱かれていれば、

自分は自在でいられる。

そんな風に思うことは、いま、可能だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

300

ぐしゃぐしゃのからだ、すべすべのこころ

服も着ないで渡る

何も答えが書いていない、言葉の河

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